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自然なさく乳の実現を目指す
哺乳運動研究から生まれたさく乳器の吸引リズムの研究

さく乳器の研究開発アプローチ

母親が直接母乳を与えられることが望ましい一方で、乳児の入院や母親の職場復帰などさまざまな状況やライフスタイルにより、直接授乳が難しい場合があります。しかし、直接授乳が難しい状況でも、さく乳をすることによって母乳分泌を維持し、さく乳した母乳を乳児に届けることで母乳育児を継続することができます。ピジョンは母乳育児を支援するため、自然に、無理なく、十分な量の母乳をさく乳できることを目指したさく乳器の研究開発を続けています。

  • さく乳器の研究開発に必要な2つのアプローチの図

乳児の飲み方を理解する大切さ

さく乳というと、「絞り出す」や「吸い出す」といった物理的なイメージが強く、さく乳器は吸い出す機能に視点が向きがちです。しかし、授乳は「乳児が吸うから母乳が出る」という乳児と母親の相互作用によって成立する生理的な仕組みです(詳細はコラム参照)。そのため、ピジョンはさく乳器にもそうした生理作用を生み出す機能が必要だと考えています。
分かりやすく例えると、乳児が吸うとその刺激が母体に伝わり母乳のスイッチがオンになります。母乳の確立と維持において、乳児が入れる母乳のスイッチは下図のように主に3つあります。ピジョンはさく乳器にも乳児と同じように母体へ働きかけ、この3つの母乳のスイッチを入れられることがさく乳器の研究課題と考えています。
そこで、乳児と同じような自然な授乳に近い使用感を実現するため、さく乳器の研究開発において、乳児の飲み方(哺乳運動)を理解することを大切にしています。

  • 乳児が入れる母乳のスイッチ イメージ図

乳児の飲み方(哺乳運動)の研究とさく乳器への応用

ピジョンは哺乳運動のメカニズムを明らかにするため、口腔内吸啜圧を測定する装置や口腔内の動きを見る超音波診断装置(エコー)などを用いて、乳児の自然な飲み方を研究しています。こうした研究から得たヒントをさく乳器の吸引リズムの開発に活かしています。母親側からの授乳研究、乳児側からの哺乳研究の両輪の活動を通して、さく乳器に反映された研究成果についてご紹介します。

  • 乳児の飲み方からヒントを得たさく乳器の吸引リズムの図

コラム:母乳が出る仕組み ~乳児が吸うから母乳が出る~ 1)-4)

母乳分泌には母乳を作るプロラクチンと母乳を押し出すオキシトシンという体内ホルモンの分泌が関与しています。乳児による吸啜の刺激が母体に伝わり、これらの体内ホルモンの分泌が促進されます。乳児の吸啜の刺激は母乳の確立と維持に重要な働きをします。
特に授乳する際には射乳反射を生じさせることが大切です。
乳児の吸啜の刺激がオキシトシンの分泌を促進し、腺房を取り囲む筋上皮細胞を収縮させ、母乳を乳管ヘ押し出します。この一連のプロセスは射乳反射と呼ばれます。射乳反射が生じなければ、乳児は母乳が飲めず、さく乳もできません。
このように母親だけの行為として、とらえられがちな授乳ですが、授乳は「乳児が吸うから母乳が出る」という乳児と母親の相互作用によって成立する生理的な仕組みです。

  • 母乳が出る仕組みの図

研究トピック①

射乳発生前後の変化

乳児の哺乳は、はじめに母親の射乳を呼び起こすような速い吸啜をみせた後に、射乳を受けて、母乳の嚥下を伴う吸啜へと移行します。
射乳発生前後の変化を明らかにした研究から、さく乳器の準備ステップが開発されました。

射乳発生前後の吸啜圧変化5)

研究まとめ

直接授乳時に観察される射乳前の非栄養的吸啜(NNS; Nonnutritive Sucking)と射乳後の栄養吸啜(NS; Nutritive Sucking)の特徴を口腔内吸啜圧により調べました。その結果、射乳前には比較的速い吸啜が、射乳後は吸啜速度と吸啜圧の低下が認められ、乳児の吸啜がNNSからNSに移行する様子が確認されました。また哺乳器授乳でも、はじめに乳汁が出ないようにすると、速い吸啜は同様に認められました。この乳汁が出てくる前の速い吸啜は、授乳のはじめに射乳反射を生じさせる役割を果たしていると考えられました。

射乳発生前後の舌運動変化6)

研究まとめ

哺乳運動は舌の蠕動様運動を基盤としたリズミカルな運動からなりますが7)8)、飲みはじめから飲み終わりまでをひとまとまりの哺乳行動としてみると、哺乳運動は吸啜期(burst)と休止期(pause)を繰り返し、強い吸啜と弱い吸啜を含むさまざまなパターンが複合的に起きています9)。そこで、母体からの射乳が乳児の哺乳運動に与える影響を、超音波診断装置(エコー)画像による舌運動の動作解析で調べました。その結果、射乳前後の吸啜運動は4相(Phase I ~ Phase IV)に区別できることが示され、射乳前のPhase Iの比較的速く舌の上下運動幅が小さい吸啜運動が射乳を促進すると考えられました。

研究トピック②

哺乳中の変動性

乳児の哺乳中の吸啜は、機械のように一定ではなく、時々休止を含みながら、吸啜の強さや速さが常に変化しています。
哺乳中の変動性があることを明らかにした研究から、さく乳器の変動リズムが開発されました。

哺乳中の吸啜の変動性7)

研究まとめ

直接授乳時の乳児の吸啜運動は射乳反射の前後で変化することが明らかになりました(前述「研究トピック①」)。本研究では射乳感覚発生前後での吸啜圧の特徴を、口腔内吸啜圧の測定によってさらに詳しく調べました。その結果、射乳前は吸啜圧の強さや吸啜間隔(速さ)の変動が比較的小さい一方、射乳後は吸啜圧の強さや速さの変化が射乳前より大きく、変動性があることが示されました。さらにその変動は一様ではなく、一続きの吸啜内で強弱が混在するさまざまなパターンが確認されました。

さく乳中の変動制吸引リズムの効果8)

研究まとめ

研究から得られた吸啜の変動性の特徴から、強さや速さが変化するさく乳器の吸引リズム(変動リズム)を開発しました。使用感や母乳のとれ方を、従来の吸引リズム(単調リズム)のさく乳器と比較しました。その結果、過半数の母親が単調リズムよりも変動リズムの使用感を好みました。また、10分間のさく乳量、前乳・後乳の脂肪含有量、主観的な残乳感について変動リズムと単調リズムのさく乳結果間に有意な差は認められませんでした。本研究では、変動性吸引リズムのさく乳器の開発が、さく乳効果を落とさずに使用感を向上できる可能性が示唆されました。

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研究レポート:「自然なさく乳の実現を目指す 哺乳運動研究から生まれたさく乳器の吸引リズムの研究」

参考文献

1) 水野克己,水野紀子.第1日目乳房の解剖,第2日目母乳分泌の生理.母乳育児支援講座,南山堂,東京,2011: 2-31.
2)De Carvalho M, et al. Effect of frequent breast-feeding on early milk production and infant weight gain. Pediatrics. 1983; 72(3): 307-311.
3)Wambach K, Spencer B. CHAPTER3 Anatomy and Physiology of Lactation, Breastfeeding and Human Lactation. 6th ed. Jones & Bartlett Learning, Burlington MA, 2021 : 49-84.
4)水野克己.第3章 母乳分泌の生理.よくわかる母乳育児 改訂第2版,へるす出版,東京,2014: 42-51.
5)Mizuno K, Ueda A. Changes in Sucking Performance from Nonnutritive Sucking to Nutritive Sucking during Breast- and Bottle-Feeding, Pediatr Res. 2006; 59(5) : 728-731.
6)石丸あき,斉藤哲.「射乳感覚」発生前後における吸啜運動の変化(特集 母乳を科学する)--(母乳分泌 ).周産期医学.2004; 34 (9) : 1385-1389.
7)斉藤哲.射乳感覚発生前後における吸啜パターンの変化について,母性衛生.2018; 59 (3) : 210.
8)黒石純子,豊永倫子,斉藤哲.変動リズムを含む吸引によるさく乳の特徴 - 第1報 排乳量の時間的変化と母親使用感.母性衛生.2018; 59(3): 247-247.

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